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おいしい肉や魚を食べ続けるために、未来の「食」を救うテクノロジーとみんなのアクション

肉や魚、卵などのタンパク源は、私たちの食卓に欠かせない存在。でも、そう遠くない将来、タンパク源の需要が増加し「プロテインクライシス」が起こるのでは?という声もあります。この問題の背景、本質とは?解決のためにできることは?「食」にまつわる課題と未来を考えます。


2050年、私たちの食卓は大きく変わっているかも?

「プロテインクライシス」という言葉が生まれた背景は、「肉や魚を食べたい」という需要がその生産量を上回ってしまう可能性があるから。カギを握るのは世界の人口増加です。国連の予測(※1)では、いま80億の人口が2030年に85億、2050年には97億に達するとのこと。
 
人口が増えれば、必要な食べ物の量が増え、タンパク源の需要も高まります。歴史をみても、社会が経済発展して豊かになると、その消費は増えていく傾向に。三菱総合研究所は、2050年に世界の人口増加率が1.2倍になるのに対し、タンパク源の需要は1.4倍まで膨らむと試算(※2)しています。

食べ物と地球環境のつながり

その分、肉の生産量や魚の漁獲量を増やせばいいのでは?答えはそう簡単でもなく…。ふだん意識しにくいのですが、食べ物をつくることは多かれ少なかれ、地球環境に影響を与えています。肉や魚の生産量をやみくもに増やすと、環境に今より負荷がかかる。牛肉を例に考えます。

1.土地の問題

牛を育てるには広大な牧草地などが必要ですが、使える土地には限りがあります。地球上で人が住める場所は氷河や砂漠などを除いた約7割、うち5割弱はすでに農地として使われています(※3)。牧草地をさらに広げようとすると、森林を伐採して土地を切り拓かなければなりません。CO2を吸収する森林を減らしてしまうのは、もちろん環境に大きなマイナスですよね。

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2.水の問題

牛などの家畜を育てるためには、大量の水を使います。牛たちが飲むための水、牧草を育てるにも水がたくさん必要です。日本は海に囲まれ、山や川などの水資源に恵まれていますが、世界に目を向けると、使用できる淡水の量は決して多くありません。これ以上、食料をつくるために必要な水が増えれば、世界的な水不足につながる可能性もあります。

3.温室効果ガス(GHG)の問題

牛のゲップやフンからは、メタンガスや一酸化二窒素などの温室効果ガスが出ています。牛の飼育が増えれば、温室効果ガスも増えてしまう。2050年までに増加が予測される食物関連の温室効果ガスの排出量のうち、なんと46%を牛肉の生産が占めるという試算(※4)もあります。

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では、魚などの水産物はどうでしょうか。海も資源に限りがあり、気候変動などの影響も受けやすいため、漁獲量を増やすのもそう簡単ではありません。「今年はサンマの漁獲量が少なく、値段が高騰している」といったニュースを聞いたことがあると思いますが、同じような現象は世界各地で起きています。

漁獲量を増やす方法として、海の一部を網で囲って魚を育てる「養殖」を思い浮かべる人も多いかもしれません。しかし、養殖ができる海岸線などの環境に恵まれた国は限られ、エサの残りかすで海を汚してしまうなど、生態系に影響を与える懸念もあるのです。養殖を増やせばよいとも言えなさそうです。

解決のアイデア① フードテックによる地球にやさしい食べ物

環境に負荷をかけず、おいしい肉や魚を食べ続けるにはどうすればよいか。世界ではさまざまな方法が考えられています。その一つとして注目されているのが「フードテック」、食べ物にまつわる課題をテクノロジーで解決することです。タンパク源をつくる、代表的なフードテックを簡単にご紹介します。

1.植物肉

大豆などの植物性タンパク質を使い、本物の肉のような味・食感を再現する技術です。「大豆ミート」のハンバーグやカレーをお店で見かける機会も増えたのではないでしょうか。肉だけでなく、豆乳やオーツミルクなども植物由来のタンパク源です。加工や調整に技術が使われ、素材の個性・風味をいかした商品の開発が進められています。

 2.培養肉

動物の細胞を培養し、従来の肉に近い味・食感の肉をつくる技術です。開発費用が高く、気軽に買えるのはまだ先になりそうですが、シンガポールなどでは、培養肉を流通させるルールや規格の整備も進んでいます。

3.精密発酵

発酵の主役である「微生物」を使い、原材料がなくてもタンパク源をつくれる技術です。例えば、牛乳がなくても、微生物に特定の遺伝子を導入して条件を整えるとチーズができる。アメリカでは、アイスクリームなどが商品化されています。

4.陸上養殖

陸上の施設で水質・水流・水温などを完全にコントロールし、水産物を養殖する技術です。海に影響を及ぼすことも少なく、魚が育つためにより快適な環境を保てるので、フードビジネスとしても注目が集まっています。

他に、コオロギなどの「昆虫食」も聞いたことあるのではないでしょうか。食べ物をつくる手前の分野では、牛のゲップの温室効果ガスを減らす飼料の開発なども進んでいます。

一方、フードテックなど新しい食べ物が世の中に普及していくときの大きな課題。それは、今ある食べ物と同じくらい美味しくて安くないと、消費者の選択肢には入らないことです。ただ環境によいだけの食べ物だと、多くの人が手に取らないのでは?また、安全に食べられるルールや規格を整えることも必要です。そこがしっかりしてこそ、新しい食べ物を安心して買える日がくるのです。

解決のアイデア② 食べ物を選ぶ、一人ひとりの心がけ

これからも私たちの食卓を守るためにもう一つ大切なことは、私たちが毎日食べる物をどう選んでいくか。「食」の課題は暮らしと深く結びついていますし、みんなの意識が少しずつ変われば、社会の大きな変化につながるはずです。まずは日頃から「地球にやさしい食べ物を選ぶ」意識を持つのはどうでしょうか。

環境負荷が少ない食べ物も、それをしっかり選べる仕組みがなければ、消費者の選択肢に入りません。三菱総合研究所は「食べ物の環境負荷の見える化」がとても重要だと考えています。スーパーなどに従来の肉と植物肉が並んだとき、それぞれの環境負荷の低さが明記されていれば、買う時の意識もガラッと変わるのではないでしょうか。
 
もちろん、環境負荷の高い肉はもう食べないという必要などありません。おいしいステーキを食べたい日にはこれまで通り、肉を買うことを楽しみに。でも、ミートソースや担々麵のようにちょっとだけ肉を使いたいときは、植物肉を選んでみるのもいいかもしれません。こうした選択肢が増えることも、「食」の未来にとって大切だと考えています。無理をしないで、自由に選べるように。

【提言】世界の持続可能な食料システムに向けて 豊かな食生活と環境の両立のために

こんなデータもあります。鶏肉1kgあたりの温室効果ガスの排出量は、牛肉のわずか10分の1以下(※5)。これは、牛肉の培養肉と比べてもほぼ同じか、少し低い数値。テクノロジーの進化も素晴らしいのですが、牛肉の代わりに鶏肉を食べる機会を増やすだけでも、環境に対してやさしい行動ができるのです。日々のこんな小さな選択一つひとつが、「食」の未来を変えていく力になります。

そう考えると、日本の身近な食文化もよいヒントになりそうです。日本では昔から納豆や豆腐などの植物性タンパク源をとってきました。魚を食べる習慣もあるし、世界の中でもさまざまなタンパク源をバランスよくとっている国です。肉の消費がぐんと増え、タンパク源のバランスは変わりつつありますが、昔からある食習慣をサステナビリティの面から見直してみることも、今すぐ私たちができるアクションです。

未来もずっとおいしいものが食べ続けられるために。豊かで持続可能な未来を目指して。皆さんも身近なことから始めてみませんか。


〈記事の話を聞いた人〉
三菱総合研究所 政策・経済センター 兼 ビジネスコンサルティング本部
山本奈々絵
入社以来、「食と農」をメインテーマに研究や提言を行う。子どもたちが大人になる未来にも、安心しておいしい物が食べられるように、サステナブルな地球環境を日々考えている。好きなタンパク質は青魚。

〈出典〉
※1「国連の基礎知識 第42版」(2017年出版、国際連合広報局作成、関西学院大学総合政策学部発行、関西学院大学出版会発売)
※2 国際連合食糧農業機関(FAO)の FAOSTAT Food Balances および国際応用システム分析研究所(IIASA)SSP databese に基づき三菱総合研究所作成(対象は168 ヵ国であり、2020 は FAOSTAT の 2019 年統計値、2050 は三菱総合研究所推計値)
※3 Our world in data「Breakdown of global land use today」(2019年データ)を基に三菱総合研究所作成
※4 国際連合食糧農業機関(FAO)のFAOSTAT Food Balancesおよび国際応用システム分析研究所(IIASA)SSP database、Poore and Nemecek(2018)、Gephart,ら(2021)に基づき三菱総合研究所作成。なお、水産物(淡水魚、海水魚、そのほか水産物)は土地利用面積および淡水利用量の原単位が推定できていないため、推計していない。
※5 Sinke ら(2023)https://doi.org/10.1007/s11367-022-02128-8
電源構成は陸上風力 50%、太陽光 50%、熱は地熱利用を想定した野心的な推計値もとに三菱総合研究所作成

企画/構成:グループ広報部、CEKAI、まる、エクスライト
取材/文:上條弥恵/エクスライト、有井太郎
編集:グループ広報部