急成長するベトナム社会から考える、日本でも身近な介護やヘルスケアのこと
高齢化のニュースを目にする機会が多い日本ですが、海外でもこのテーマに向き合う国はたくさんあります。その一つがベトナム。経済が急成長する中、急速に高齢化が進んでいると言われます。現地では、どのように課題をとらえているのでしょうか。日本が協力して解決をめざす取り組みもあり、私たちがこの問題をどう自分ごと化できるかを考えます。
若いパワーがみなぎるベトナム。でも、高齢化のスピードがとても速い。
未富先老(みふせんろう)。国の経済成長がピークを迎えるまえに、高齢化社会が先にくることを表し、ベトナムの未来を考えるときに重要な意味を持つ言葉です。
三菱総合研究所で東南アジア地域を担当する伊藤充洋さんは、現地の様子をこう伝えます。「人々はとてもエネルギッシュ。ベトナムといえばバイクがたくさん走っているイメージがあるかもしれませんが、最近は車も急速に普及するなど、毎年ぐんぐん経済が伸びているのを実感します」
ベトナムは平均年齢が31歳(※1)と若く、高齢化率(65歳以上の割合)は8.3%(2021年時点)です。この数値は日本の35年ほど前と同じレベル。いまの日本の高齢化率29.1%(2023年※2)と比べると、あまり気になる状況ではないと感じるかもしれません。ところが、ベトナムはここからかなり速いスピードで高齢化が進むと予測されています。ある調査では2036年に14%、2050年には20%を超えるとも。
もともと共働きの家庭が多い文化であり、経済成長で女性が仕事に出る流れがさらに強まっています。ハノイやホーチミンなどの都会に出る若者も増え、地方からどんどん高齢化していく。かつての日本と同じようですが、ベトナムではその動きがもっと速いのです。
ヘルスケアを社会で考えることの大切さ
これから解決すべき課題、取り組みのポイントは見えてきています。三菱総合研究所でも、10年~20年先のベトナムの社会課題を考え、さまざまな連携を始めています。
高齢者向けの施設・サービスの不足
ベトナムの人口は1億人に近づいていますが、老人ホームは全部で30ほどしかありません。高齢者向けの施設も少なく、その多くは富裕層向け、または貧困層向けの施設です。より多くの方々が利用できる社会にするためには、中間層向けの施設やサービスを増やしていく必要があります。
日本では、介護保険制度など、高齢者や介護を必要とする方々を社会が支える仕組みを充実させてきました。ベトナムは公的な補助がまだ乏しい状況ですが、高齢化社会を支える仕組みづくりは、日本の経験が大いに活かせる分野です。
また、介護にたずさわる人材も十分ではありません。日本の技能実習制度で介護を学んだベトナムの若者たちが、帰国しても専門性を活かせる働き口がないという問題も…。私たちは海外からの留学生と同じ社会で暮らしていますが、あまり想像できていない現実がありそうです。
家族についての伝統的な価値観
ベトナムには、「家族の世話は家族がする」という根強い価値観があります。自分の親が老人ホームや介護施設に入ることを好まない人も少なくありません。高齢者向けの施設や人材育成、事業化が進展しづらい理由はここにもありそうです。共働き家庭がより増えれば、「誰がどのように親の世話をするのか?」という問題も…。この状況を変えていくには、「施設やサービスに高齢の親を預けても悪くなかった」という意識が社会に浸透することも大切です。
少しずつ、変化の兆しも見えています。2024年、ベトナムで映画「Lat Mat 7」がヒットしました。子どもが都会に出て、歳を重ねた母親の世話をするのが難しくなる中、最後の最後に母親が老人ホームへ入ることを決意する物語です。この映画を多くの人たちが観に行ったということは、親の介護や老人ホームに対する「価値観」が変わり始めているのかもしれません。
ベトナム企業の取り組み、日本との共通テーマ
ベトナムの企業は、どのような取り組みをしているでしょうか。
スタートアップの WeCare 247は、介護人材と高齢者などをマッチングするサービスを展開。一定レベルの研修を受けた看護師や介護士が派遣され、老人ホームより手ごろな価格で利用でき、中間層をフォローしています。
シニアマーケットに限らず、人々の健康維持をサポートするICTサービスも増えています。スタートアップのEarable Neuroscienceは、AIで睡眠を改善するデバイスを開発し、海外からも注目されています。
施設を気軽に利用してもらうためには、いきなり老人ホームへ入居するのではなく、デイケアセンターなどを利用する、段階的なアプローチも重要です。例えば、「なるべく家族で一緒にいたい」という伝統的な価値観に寄り添い、老人ホームと子ども世代の住宅を近いエリアに設けるまちづくりなども進んでいます。
このような親子の接点が途絶えないような設計が活かされ、施設の新しいロールモデルや人材育成のトレーニングなどがつくられることが必要です。
日本の経験を伝えるだけでなく、プロセスを共有していく
すでに高齢化社会を迎えている日本の経験を、どう活かせるでしょうか?介護保険などの制度づくり、老人ホームの運営方法、人材育成など、さまざまなノウハウがありそうです。
でも、三菱総合研究所 ハノイ事務所のヴー・キムチさんは、ベトナムの人々により重要なのは、そのノウハウが生まれるまでの「プロセス」を共有することだと話します。
「どのような背景、どういった方法で制度をつくったのか。そのプロセスを知ることがとても参考になります。もちろん、日本が実践してきたやり方がすべて成功したわけではないと思いますが、その失敗も含めて共有してもらい、そこから学べることが大切です」
「ベトナムと日本には、歴史や文化などたくさんの違いが存在します。日本のものをそのまま取り入れ、真似をしても、上手くいくとは限りません。日本の経験をベースにし、ベトナムに合う形を模索していくことが不可欠です」
介護や高齢者のケアは、日本でも深刻な問題です。ベトナム発の取り組み、アイデア、スピード感から日本が学べることもあるはず。経済成長の中で、環境汚染への対策など、別の考えるべきテーマも出ています。こうした問題も日本と連帯し、課題や知見を共有することで、新しい解決策が見えてくるかもしれません。
ベトナムの美しい風景、衣食住の魅力的な文化などは、気軽にすぐ調べることができます。それらの歴史やプロセスを知ることで、より理解が深まり、強いつながりをもたらすきっかけになるかもしれません。
〈この記事の話を聞いた人〉
三菱総合研究所 海外事業本部
伊藤充洋
前職のときシンガポールで働くうちに、東南アジアの活気に魅了される。今はベトナムをはじめとする東南アジアの社会課題解決をめざし、各国を飛び回る生活。ベトナムのビヤホール「ビアホイ」が大好き。
三菱総合研究所 ハノイ駐在員事務所
ヴー・キムチ
大学で日本語を学んだのをきっかけに、日本関連の仕事を数多く経験。ハノイ駐在員事務所は立ち上げ(2020年)から。好きなベトナム料理は、蟹のスープで煮込んだ麺料理「バインダークア」。
企画/構成:グループ広報部、CEKAI、まる、エクスライト
取材/文:上條弥恵/エクスライト、有井太郎
編集:グループ広報部