「宇宙ビジネス」が身近になる時代、私たちの暮らしと重なるところ
「宇宙旅行に行ってみたい」「宇宙人に会ってみたい」…こんなことを考えたことはありませんか?宇宙は昔からロマンの対象で、小説や映画、アニメなど、宇宙を舞台にした作品はたくさんあります。そんなSFの世界を現実にするように、いま「宇宙ビジネス」が活性化しています。その背景を探りながら、地球に暮らす私たちとのつながりを考えます。
企業が「宇宙ビジネス」に参入する理由
宇宙開発といえばNASA(アメリカ航空宇宙局)や、日本のJAXA(宇宙航空研究開発機構)が進める国家的なプロジェクトというイメージが強かったと思います。近年、この状況は大きく様変わり。さまざまな企業が続々と宇宙ビジネスに参入しています。
三菱総合研究所 先端技術・セキュリティ事業本部の山中祐治さんも、この動向には目を見張っていると言います。
「私は2016年頃に三菱総研で宇宙事業に携わりました。一時は別の業界へ行った時期もあるのですが、4年ほどでまた当社に戻り、宇宙の仕事をしています。戻ってみると、世の中の宇宙に対する熱量がまったく違います!新規事業で宇宙を考える企業が増え、スタートアップへの投資も盛んです。以前は、月に注目した研究会へ参加を呼びかけ、月に行って資源を採掘して…みたいな話をしてもピンとこない印象でした。現実味に欠け、ビジネスの実感も湧かなかった。それがいまや、月面開発の国家プロジェクトが立ち上がり、大企業からスタートアップまで、多くの企業が宇宙分野に関わっています」
その背景の一つに、NASAがより効率よく宇宙開発をするため、企業へ関連する事業を委託し始めたことがあります。この動きにより、アメリカではSpaceXなどが急成長。周辺のビジネスも生まれ、宇宙産業が全体として活性化しました。参入する企業が増えれば、競争が起こり、製品とサービスの性能が上がって、コストは下がるという流れが加速します。
もちろん、宇宙ビジネスはリスクもコストも大きくて、失敗もつきものです。それでも、NASAのような大きな顧客の存在、民間のプレイヤーがまだ少ない領域であることから、先行する利益を期待しながら挑戦する企業が増えているのです。一方で、すぐ収益につながらなくても、何かしらの価値を感じて宇宙ビジネスに参入する企業も。
「宇宙のような先進的な分野の取り組みは、ブランド力の向上や人材獲得につながる可能性があります。将来的に宇宙ビジネスの市場がもっと活性化すると考え、他社より先にキャッチアップしていきたい。いわば、勉強のために少しずつ始める企業もいます。夢にあふれた市場であると同時に、現実的な利益を求める企業にとって魅力的なフィールドと言えるかもしれません」(山中さん)
宇宙と地球の暮らしのつながり
そもそも、なぜ人間は宇宙を目指してきたのでしょうか。地球での暮らしとどんな関わりがあるのでしょう?
「これが実はとても難しい問いなんです。生活圏を広げたいという根源的な欲求もあると思いますし、科学的な知見を得るために重要だというのも一つ。国際政治や経済問題などもあるでしょう。でもそれだけでなく、生活者のメリットになることもたくさんあります」(山中さん)
通信端末の使用範囲が拡大
地球の上空をまわる人工衛星。スマホで地図を見ながら行きたい場所にたどりつけるのも、通信衛星や測位衛星のおかげです。山間部や海上の船でインターネットやGPSが使えるようになるなど、技術開発が進められています。これから普及しそうな自動運転技術(クルマだけでなく船やドローンなど、さまざまな乗り物に)にも、これらの衛星の力が活かされようとしています。
衛星データの活用
人工衛星が取得するデータは、さまざまな産業で利用されています。例えば、建設会社が海外など遠方で作業する際、提供される画像データから現場の環境や工事の進捗などを確認できます。農業では、天気や土壌の状態をモニタリングでき、食料生産の効率化と安定供給につながると期待されています。日本でも、衛星画像を活用して栽培したブランド米などが流通しています。人手だと難しい広域を、宇宙の目で面的に確認できるのが強みです。
素材や製品の開発などに役立つ
宇宙は重力が低く、放射線があったり、温度の高低差が激しかったりと極限的な環境です。だからこそ、地球では簡単にできないような実験を行える場としても期待されています。低重力の環境で新しい素材の開発や創薬の研究、過酷な状況下で素材の耐久性をテストできれば、より安全で高性能な製品を作れるかもしれません。
見えないところで、地球の暮らしをより便利で豊かなものに進化させてくれているのが、宇宙の存在だと言えそうです。
地球と同じ過ちを繰り返さない。「持続可能性」に配慮した宇宙の環境づくり
活性化する宇宙ビジネスには、課題もあります。特に問題視されているのは、宇宙デブリ(ごみ)。地球を周回する衛星の軌道には、人工衛星やロケットの残がいなど、1mm以上の大きさのデブリが1億個以上あると言われています。もし軌道がデブリで埋まってしまうと、新しい衛星の打ち上げができなくなるかもしれません。過去には、稼働中の人工衛星が衝突する事故なども。
そんな宇宙の課題を解決するためには、国際的なルール形成が必要です。デブリ対策について、アメリカの連邦通信委員会は「ミッションが終わった人工衛星は、25年以内に大気圏へ突入させて処分すること」というルールを、2024年9月から「5年以内」に短縮しました(高度2,000km以下の低軌道に投入される人工衛星が対象)。このようなルール変更を各国が守れてこそ、宇宙ビジネスが安全に進展していきます。
宇宙の資源をどう使えるか?という大きなテーマもあります。月面開発では、月の土を建設資材に使う、月の水から水素を取り出してロケット燃料にするといった計画もあります。月の資源は、ほぼ無尽蔵なのか、意外と少ないのか、まだよく分かっていません。それらをやみくもに使い切らないためにも、しっかりとした国際ルールが必要です。宇宙ビジネスを加速させる攻めの動きが増す一方で、宇宙の「環境を守る取り組み」も重視されるようになってきました。
「地球では環境問題が大きな社会課題ですが、宇宙で同じ過ちを繰り返さないように、持続可能な利用を意識し、開発を考えなければいけないと思います。三菱総合研究所では、宇宙開発のワクワクする可能性を伝え、宇宙ビジネス推進のサポートをさせていただく一方で、国際的なルール形成などに関わり、宇宙の環境を守るためにブレーキをかける役割も担っています。どちらも、いまの宇宙を考える上で欠かせない視点です」(山中さん)
ロケットや人工衛星だけじゃない、「自分の会社×宇宙」という発想
宇宙ビジネスを成功させるには、高度な技術や多くのリソースが必要です。例えば、日本の宇宙スタートアップispaceは、JALや精工技研などと協力して月面輸送機の開発を進めています。プロジェクトを現実にするには、パートナーを見つけ、技術やインフラ、人材や資金面で支えあい、お互いの強みを活かしていけることが大切です。
そこで、宇宙分野に関わりたい企業の交流をサポートする動きも生まれています。三井不動産は、宇宙ビジネスに特化した共創拠点「X-NIHONBASHI」を運営。三菱総合研究所では、ispaceと「フロンティアビジネス研究会」を共催しています。さまざまな業種の大手からスタートアップまで約50社が参加し、宇宙ビジネスを創出するために技術や情報を共有する場となっています。
※各WGのプレゼン資料を公開しています
「フロンティアビジネス研究会は、この指とまれ!という形で集まり、定期的に勉強会をしています。会員となる企業にまずお伝えするのは、自分たちはこれができます、という強みを必ず共有してほしいということ。ただ話を聞いて情報収集する場ではなく、自分たちはこんな技術を持っていて、宇宙にこういう面で貢献できるかもという話を持ち寄る。そこから連携が生まれ、次の展開につながっていくと思っています」(山中さん)
宇宙ビジネスの輪にいるのは、ロケットや人工衛星を扱う企業だけではありません。最近は食品メーカーやアパレル、不動産などの「非宇宙系企業」が続々と参入しています。ファッションブランドのPRADAが宇宙服を開発する!というニュースも話題になりました。SONYは衛星に搭載したカメラで、ユーザーが写真を撮れる「STAR SPHERE」というサービスを開発しています。どちらも、自分たちが持つ強みを「宇宙」と掛け合わせて、新しいビジネスに挑戦しています。もしかしたら、誰でも、どんな企業でも、宇宙分野で貢献できる時代が来ているのかもしれません。
「宇宙っていくらでも挑戦できるところ。みんなが当事者になれる分野なんです。ロケットとか作れないし、私には関係ないと思うかもしれませんが、これから開発が進むフィールドだからこそ、新しい可能性がたくさんあります。自分の持っている強みを活かせるポジションがどこかにきっとあると思います!」(山中さん)
自分の好きなことや会社の仕事と「宇宙」を掛け算…ありかもしれません。
〈記事の話を聞いた人〉
三菱総合研究所 先端技術・セキュリティ事業本部
山中祐治
学生時代は宇宙物理を専攻。入社以来、宇宙分野に政策・ビジネスの両面から携わる。宇宙やSFを好きになったきっかけは「ドラえもん」。
当社「メディア懇談会 2024」プレゼン動画
企画・構成:グループ広報部、まる、エクスライト
取材・文:上條弥恵/エクスライト、池田鉄平
編集:グループ広報部